まめだいふくな日々

ささやかな日々の暮らしを切り取って書いています。

年の初めに思うこと

わたしは10年後は健康で居るのだろうか。

 

自分の人生は有限である。
健康はあるのが当たり前ではない。

 

これらは当たり前の事なのに、きちんと向き合ってこなかった私へやってきたメッセージだったのかも知れない。

 

病気後に自分の将来を考えた時、もっと考えて、もっときちんと生きなければと思う。

 

特に健康は宝だ。


身体の健康が心の健康に大いに影響を及ぼす事がわかったし、身体の不調は、不調な部分の面積からは想像もできないくらいの不便を生み出した。やりたい事が、あれもできない、これもできないとなったのだ。

 

手がダメになったら足でやれば良いわ、なんて考えていた20歳くらいの馬鹿な自分は、本当に何も考えずに生きていたのだなと思わざるおえない。
できていた事が出来なくなるというのはなんて苦しくて、怖さを感じる事だろうか。
明るいはずなのに、未来への不安を抱え、常にどこかに影が落ちている様な、クリアではない感じがする。
そんな思考が巡っていた2024年後半だった。

 

2025年になった。
さてどう生きようか。

 

これはわたし自身が勝手に感じている事になるけれど、わたしの人生の周期は2010年から、4年半+6ヶ月の計5年の周期で節目が来ている傾向がある。なので、2025年はわたしにとって節目になるのではないかというのをだいぶ前から感じていた。

 

冒頭に書いたことも併せて、思いついたのは10年連用日記だ。


正直、日記は長く続いた試しがないし、書いた事が残っていることが恥ずかしくなって、破り捨てる事数知れず。
また同じことの繰り返しなんじゃないですか?とも思うけれど、10年日記というのは初めてなので、ぜひやってみようと思った。

沈めては浮かぶ

自分の筋肉を自分の意思で動かすことができない怖さ


どんなに力を入れても、固くならずに弛緩した様な不気味な感覚だけがそこにあった。


この筋肉はこの先どうなっていくのだろう。


以前、健康維持に関わる仕事をしていたにもかかわらず、私の身体の知識はなんと浅いのだろうか。ショックだった。


神経がこんなにも筋肉の動きを支配していたなんて知らなかった。


ヘルニアとはこんなに恐ろしい症状になる事も初めて知った。


私はなんのためにこの身体になったのだろうと、何度も思った。


答えはでない。


意味があったのか無かったのか、考えてもなるようにしかならないし、考えるだけ無駄な様な気もしてくる。


でも気がつけばまた頭に浮かんでくるのだ。

好きを積み重ねていこう

顔に纏う朝の少し肌寒い空気


寒い空気感の中にある暖かい陽ざし


小鳥のさえずり


遠くで聞こえる車の走る音


石油ストーブのにおい

 

見事な水色の晴れ渡る空


お天気雨


雨で濡れ始めたアスファルトのにおい


自販機のコーンスープ


歩道に散らばる紅葉やイチョウの絨毯

 

石焼き芋の車のこえ

術後4ヶ月

術後4ヶ月経って、また新たな回復があった。
と、いっても腰に直接関係があるわけではないけれど退院してから悩まされていた謎の膝痛だ。


これまで歩いても、揉んでも、湿布しても思うような効果が得られることはなかった。
痛い場所も不明確で日によって違う。なんなら左の日も右の日もあるような状態だった。

場所が変わって痛いこともあったため、骨ではなくて筋肉なのではないかと思っていた。(そして、そうであってくれと願っていた。)

 

椅子に座った状態で片足を床と平行まで上げてキープすると膝痛改善に良いという記事を見たけれど、そもそも脛が平行になるまで上げることができなかったので、YouTubeで膝痛に良いヨガと言うのを実践することにした。


これは長座になり、対象の膝の裏に丸めたタオルを置き、踵を突き出すようにして膝裏のタオルを押すと言うもの。(太もも前面の筋肉を収縮させる運動)
長座はできなかったため、ソファに片足づつ乗せて実践したのだけれど、これが不調の原因にハマったらしく、この日から膝の調子が良くなっていった。


私的見解になるけれど、膝痛は、筋肉が使えてなかったことによって起こったのではないかと思う。

お尻から爪先までの範囲に麻痺があり、筋肉がきちんと使えて無かったことで、他の筋肉もうまく使えておらず、膝周りが不安定になってしまったのではないだろうか。

 

こうして以前の体調に近づいてきたので、次はいよいよ仕事探しとばかりに、先ほどコンビニで履歴書を購入してきたところである。

ある秋の日

朝の気温は10度を下回る日も出てくるようになった。


つい先日まで、最高気温は30度を超えていたと言うのに…今は秋なのだろうか。いきなり冬になったのかと思うくらい寒い。


しかし、朝の散歩に出かければ、あらゆるところに生垣として植えてあるドウダンツツジが紅葉しているので、やはり秋なのだなぁと実感させられる。

この辺りではコキアも植えてあるお宅が多いので、そちらも派手なピンク色に紅葉していて秋を感じる。


道路の縁石横から、こぼれ種から出てきたであろうコキアが控えめなサイズで紅葉している。
「引っこ抜いて持って帰りたい」などと通るたびに(つまり毎日である)おもうのだけれど、羞恥心が優って引き抜くには至らない。
「枯れて種ができたら種を採取しよう」と新たな目標に切り替え、今年のコキアは見るだけにとどめることにした。


そのような朝の散歩を終えて家に帰ると、まだ夏野菜の苗が植えたままの庭が広がっている。


夏野菜はまだまだ終わらないわ!というわけではない。ほったらかしにしているだけなのだ。

今年の夏は体調を崩していたので、お世話ができない状態の、野生と化した野菜の行く末を見守っている。意外と枯れない。


最後のパプリカを収穫し終え、苗をさっぱりと剪定しておいた。引き抜かないのは鉢上げして冬越ししようかずっと迷っておるからなのである。
同じ理由でナスも剪定する。


鉢上げのために3つも鉢を買ったのだけど、どうやら使われる気配はないまま物置の中にねむっている。

 

前の記事に書いたチューリップの球根はそろそろ植えどきなのだろうか。30球を頼んだと思ったら、なんと50球だった。

 

術後3ヶ月検査

朝、体調の悪い母を病院まで送り届けて待合で待つ。

 

ふとテレビに目をやると、脊髄梗塞になってリハビリをしている弘道お兄さんこと佐藤弘道さんが映っていた。

私が腰椎ヘルニアで馬尾神経が圧迫されて手術になった時期が近く、下半身の神経麻痺があるというので、非常に感情移入しながら見ていた。

いうまでもなく、弘道お兄さんの方が大変な闘病、リハビリ生活を過ごされているので、尊敬の眼差しが大半だ。

 

 

私はというと、昨日は術後3ヶ月チェックで、MRIとレントゲンを撮った。
先生は手術前と現在のMRI画像を見せながら説明をする。

画像の違いは一目瞭然で、手術前は押しつぶされて、存在が確認できないほどにぺったんこに潰れていた馬尾神経がふっくらと再生していた。
先生によると、見た感じは元通りくらいに戻っているので、痺れなども、時間が経てばもう少し改善されるそうだ。
右脚の脚力は、残念ながら弱いままかもしれないみたいだけれど、日常生活も制限なしで過ごして良いようだ。


あくまで負荷は徐々に…


こういったことはいつも失敗して、解禁された途端やり過ぎて悪化するパターンが多いので、気をつけねばならない。
3ヶ月後に完全に戻すことを目標に、今から徐々に徐々にのリハビリである。

夏の終わり

夏の暑さも彼岸までとは本当のようで、彼岸花が咲き始めると、朝は寒いと感じるくらいには気温が低くなった。(でも昼間は30度越えの日も多い)

リハビリがてら散歩に出かけると、どこからともなく金木犀の香りが漂ってくる。好きな香りだ。

散歩も庭仕事も、少し寒いくらいがちょうど良い。そんな事を思いながら家に帰った。

 

播種にはもう遅いだろうか…
白菜の種袋を見ながら思案する。

腰を悪くしてしまい、今年の家庭菜園は無理なようだと秋まきの準備を何もしてこなかった。
だが、今になって収穫のない晩秋以降が悲しくてならない。
ビオラも蒔きたかった…間に合うかもしれないと、急いでネットで種を検索し、迷いつつ「購入する」ボタンを押していた。しかもチューリップもの球根30個も一緒だ。

今日までのポイントと、ポイント4倍が決定打となった。
買う前は、どうしようと散々悩んだけれど、買った途端に春の庭を想像してウキウキしている。
だから買って正解だったということにしておこう。

さて、白菜はどうしようか。

種袋を見て再び思案した。

 

 

追記:彼岸までとは、本来お彼岸の時期という意味合いだそうですが、私の勘違いで彼岸花の時期と思ってしまっていましたので、追記にて訂正しました。

彼岸花もお彼岸の時期に咲くようですが、今年は猛暑でずれ込んだようです。